【トライの】ロンさんとの思い出1【女傑】

お久しぶりです。

今回はロンさんが元気だったころどんなコーギーさんだったのか、どんな犬生を送ってきたのかを思い出に深く残るエピソードと共にお送りしたいと思います。

ペーパードライバーの挑戦

ロンさんの引き取りに僕がレンタカーで首都高を通じ千葉までの道のり約2時間をペーパードライバーゴールド免許の管理人が運転で向かったわけですが、その頃はまだカーナビも設置されていたものの正確性もアナウンス力もさほどではなく、単なる道案内であったためとても苦労したのを覚えています。
首都高では降りるべきインターチェンジを間違え突然の経路変更が発生、焦った僕は道路分岐の白線領域に一時停車をするという暴挙までかまし本来ならゴールド免許を剝奪されているされていてもおかしくないことまで犯してたどり着いた行程でした。
印象に残っているのはブリーダーさんが「(人の)手を『嬉しいもの』だと思うように躾けてください」というお話でした。
引き取り前に送っていただいた写真はこちら

生後3日


生後1か月

ちなみに8週の間をしっかりおいて引き取りを行いました。このことがロンさんが良い子に育ってくれた大きな要因でもあるような気がします。
ペーパーなのでなにがあってもいいようにロンさんを膝の上に乗せた家内は後部座席に座ってもらい、家路を焦る僕の運転をよそにロンさんはスヤスヤお休みになっていました。この時点ですでに「大物ぶり」を発揮していたのです。僕は車を返し焦燥感で疲れ切った体をそのまま横たえるのでした。

家に戻るとロンさんは玄関をくぐって晴れて我が家の一員に。引き取って廊下に置かれたロンさんはまず当然「おかあしゃん、どこですか・・・?」とはなりましたが、おやつに釣られすぐにその状態からは抜け出しました。
それから3日後の写真がこちら。

家内はこの時点で「えっ、コーギーってこんなブサ・・・・」とも思ったそうですがまだ幼児期ですし犬と慣れ親しんで育った僕とは見え方も違っていたのでしょう。家内は生涯で初めて犬との生活を始めることになりました。
早速おもちゃやおやつをたくさんあてがい、僕たちが新しい「群れ」であるということを認識してもらうことに腐心しました。

もう怖くて車の運転はできないと思います。帰宅ラッシュの首都高合流なんてもうこりごりですよ・・・。

大事件、薬の誤嚥で命の危機

ロンさんとの生活が始まって10か月くらいの頃のことです。ロンさんの生涯で命が危なかった瞬間のひとつです。
僕は既にその頃からうつ病を抱えながら仕事をしていました。まだうつ病がメジャーになる前に通院は始まっていました。病院も少なく通院の日は予約を入れても平気で2時間待たされた時代でした。
当然薬を処方されて管理していたのですが、ロンさんはその薬のヒートの歯ざわりがお気に入りになっていたようでした。ある日薬が入っていたヒートをそのままかじってしまったのです。
パートから帰った家内が散乱したヒートの周囲に薬がないこと、ロンさんの歩行にふらつきが目立つことを悟り慌てて近所に開院されていた動物病院に運び込みます。
家内が言うにはすでに意識は朦朧としており歩行も真っすぐにはできず、幻覚が見えているのか声をかけようにもガウガウ噛みつこうとしていたそうです。

動物病院では緊急入院が必要と即座に判断され、ロンさんを病院に残して家内は家に戻りました。ガラケーだった僕のケータイに帰り際メールが入りました。

 「ろんがしにそうだ」(原文ママ)

何があったのかわからないまま家に戻ると上記の事情を説明されます。獣医師先生からは「なにかあったら電話でお知らせしますので」という案内がありました。ロンさんが家族の一員になってこんなにも早く生死の境をさまようことになるなんて思ってもみませんでした。
かみ砕かれたヒートを見てみると人間でも摂取してはいけないほどの量を誤嚥してしまっており。人間でも死ぬんじゃないかという量でした。僕が病気になっていなければこんなことにはならなかったのに、と思うことに加えて家内は「ロンが1年もたたないうちにこんなことになって」と涙声で台所に立っていたのを克明に覚えています。ロンさんが家にやってきて初めてロンさんがいない夜を迎えることになりました。

午前1時を回ったころでしょうか、動物病院の先生から緊急の電話が入ります。先生は徹夜の看病をしてくれていたのです。詳しい内容は家内が出ていたので会話の詳細わかりませんでしたが容態が変化したということで動物病院を2人で尋ねることになりました。
正直、覚悟はしていました。

動物病院の非常口から入ると耳に心電図を付け、腕に点滴をされたロンさんの姿を目の当たりにします。先生は心電図に弱りの兆候があったため何があってもいいようにと連絡をくれたとのことでした。

 「この先生は信頼できる、きっと大丈夫」

この時、ロンさんは入院用ケージの中に収められておりぐったりしていました。僕らの到着と同時にケージから出され僕らの前に置かれましたがまだ意識は戻っていないようでした。聞けば「現在は薬の毒性と内臓が闘っており、どちらが勝つかはまだわからない、ただ手は尽くしています」というお話。

 「ロンさん、ほらご主人いるよ」
 「ロンさん、僕だよ」

声をかけるとロンさんがゆっくり頭をもたげます。僕らの声掛けで意識が反応したようなのです。そこからロンさんはこちらに飛びつくように寄ってきました。心電図はずれてしまいましたが、まさかの嬉ション。
これを見た先生が感嘆の声を上げます。

 「あっ!尿が出たということは解毒が進んで体外に排出されたということ、大丈夫かもしれません!」

みんなで尿をふき取りながらでも先生の顔がすこし笑顔だったのをよく覚えています。呼びかけにも反応があり、心臓も回復したことを先生が把握したのか僕らはここで長居もできないため帰宅しました。
幸い翌日が休日でありそのまま夜を明かしましたが、それ以降先生からは連絡はありません。翌日朝イチで
病院に行くと先生の顎にはうっすらと無精ひげ。徹夜の看病をしてくれたようでした。

 「ロンは、大丈夫ですか??」
 「ええ、もう大丈夫でしょう」

先生の見解は幼齢である割に体が大きかったため内臓に耐える力が備わっていたのではないかということでした。この10か月間、河川敷でひたすら駆けずり回って体が強化されていたのでしょう。その体躯が自らの命をつなぐ要素になるとは思ってもみなかったことです。
ほどなくしてロンさんには絶対に届かない場所に箱が作られそこで薬の全部を置くという習慣が始まりました。皆様も薬以外でも食べ物以外の誤嚥にはくれぐれもご注意ください。

長くなってしまいましたので続きはまた次回。

また今度なんですよ

次回はロンさんの出産の経験などをお届けしたいを思います。

コーギーさんと健やかに

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